批評の課題——柿木伸之『燃エガラからの思考──記憶の交差路としての広島へ』書評
この文章は柿木伸之『燃エガラからの思考──記憶の交差路としての広島へ』の書評として、ある媒体のために2022年9月に書かれたが、相談の上で没としたものである。時事や政治を語る準備が不足している状態でベンヤミンを応用した専門家の思考にふれたとき、対象の強度に自分がついていけていないと判断したためだった。あれから一年が経ち、一巡りした季節が自分を柿木の思考の強度に追いつかせたとはまったく感じられないが、当時を見直すために公開する。
2022年9月当時は殺害された元首相をめぐり、法的根拠の曖昧さが指摘される中で国葬が強行されたことで議論になっていた。この書評は当時のそのような時事を背景としている。
石原吉郎、パウル・ツィラーン、原民喜、殿敷侃、そしてベンヤミン。本書において引用されるのは、みな歴史的経験によって生存を脅かされ、多くは自死に至った者たちである。各々の経験は第二次世界大戦中のものだという共通点を挙げられるものの、それぞれにまったく質の異なる出来事だった。本書が示す批評の力は、それらに布置を見出し、まったく質の異なるものの連帯を描き出す点にある。
星の一つひとつは小さな光でしかない。それらが結び合わさって星座を描いたとしても、けっして大きな光になるわけではない。それでも、人は星座を媒体として無数の物語を紡いできた。物語を意味するドイツ語「Geschichte」は同時に歴史をも指し示す。芸術でもあるような優れた物語は、途方もない彼方にある歴史を今ここに蘇らせ、質において無限に差異があるものの間に布置を見出す。あるいは逆に、時間の瓦礫の中から犠牲となり忘却された死者の歴史を掘り起こすことで、過去と現在が物語のように地続きに連続している事実に気づくことができる。
たとえば、一九三九年、植民地主義の横行を背景に列強へ連なろうとしていた日本が行った中国空爆には、国葬を強引に推し進めた現在の権力と同じ心性がある。吉見俊哉『空爆論』によれば、一九三九年の日本軍の空爆は無差別的である一方、決して中国都市内にある欧米各国の施設へ被害が出ないよう慎重に調整されていた。それは損害を出すことで欧米各国から「野蛮人」との誹りを受ける事態を避けたかったからである。
日本は、その「文明」をもって「野蛮」の側に位置づけていた中国人社会を平気で蹂躙したが、しかし自分たち以上に「文明」の側にいることが明白だった欧米社会から「野蛮」の側に位置づけられることを怖れ続けたのである。
「文明」と「野蛮」の間に引かれた恣意的な線は、そのまま宗主国と植民地との分断線に重なる。自分を「文明」の側に位置づけそのことをなんとしてでも強者に認めてもらおうとする日本の心性は、植民地主義の産物以外の何物でもない。良心のある人にとっては灼熱の羞恥で頬を焼け爛れさせるような心性だが、前述の通り、これは戦中の遥か昔にだけあったものではない。現在にも地続きに連続しているものである。それは、明確な規定のないまま恣意的な忖度によって特定の政治家の国葬を決定し、海外から招いた要人の社交辞令による賛辞を間に受けてみせることで、その政治家が築いた長期政権下に没していった、無数の、無名の人々を忘却する側に自身を位置づけようとする現在の心性と重なるだろう。その心性は、空爆を行った上空からの視線に自身のそれを重ね合わせようとする姿勢だとも言える。中国空爆において日本軍が見せた卑屈さと同じものが、現代日本の各地でグロテスクに再演されているのだ。本書において、柿木はこのような姿勢を「大勢順応主義(コンフォーミズム)」として批判の俎上に上げている。
柿木の「大勢順応主義(コンフォーミズム)」批判は、まず、それが石原吉郎のいう「計量的発想」と同根の思考によって成されている点を指摘するところから始まる。
私は、広島告発の背後に『一人や二人が死んだのではない。それも一瞬のうち』という発想があることに、つよい反撥と危惧をもつ。一人や二人ならいいのか。時間をかけて死んだ者はかまわないというのか。戦争が私たちをすこしでも真実に近づけたのは、このような計量的発想から私たちがかろうじて抜け出したことにおいてではなかったのか。
「計量的発想」を広島に関する文脈から切り離して敷衍するなら、アメリカを含めた欧米各国を恣意的に「文明」の側に置いた上で、彼ら強者からのお墨付きをもらおうとする心性もまた「計量的発想」にもとづいたものである。そうである限り、現代には石原がいう「広島を『数において』告発する人びと」のいる光景が広がっているのだ。あるいは、強者からのお墨付きを求めてしまう気持ちがどこかにある限り、僕たちは誰もがいくらか「広島を『数において』告発する人びと」と同じ顔つきをしているのかもしれない。そして、「広島を『数において』告発する人びとが、広島に原爆を投下した人とまさに同罪であると断定することに、私はなんの躊躇もない」(注1)。
石原の厳しい告発は僕たち全員の顔に照準を合わせている。本書において、柿木は栗原貞子やテオドール・W・アドルノらに共鳴しながら、このような石原へ応答を試みている。その際に参照されるのはベンヤミンのテクストである。
「大勢順応主義」によって権力の座を占めた「支配階級」は、権力の犠牲となった人々を捨象した上で、「原爆を投下した上空」からの視線に自身のそれを重ね合わせつつ「神話としての歴史」を書き散らしていく。ベンヤミンはこれに対し、時系列に沿うような整頓されたものではあり得ない死者一人ひとりの生きた出来事を刻んだ「伝統としての歴史」を対置しようとした(注2)。「支配階級」は「伝統としての歴史」に介入を試み、死者たちの記憶を受け継ぐことそれ自体が「支配階級に加担してその道具となってしまう危機」をもたらすことでこれを弾圧しようとする(注3)。よって、「伝承されてきたものを抑圧しようとしている大勢順応主義の手からそれを新たに奪取すること」で、「支配階級」の暴力によって「抑圧された者たち」一人ひとりが経験した出来事の記憶が呼び覚まされなければならない(注4)。そうでなければ「死者たちまでもが安全ではない」のだ(注5)。
「死者たちまでもが安全ではない」窮地に追いやられる支配階級の暴力は法において顕現する。国葬はその端的な例である。法的に明確な規定がないまま強行された国葬は、特定の個人を神話化することで、権力の犠牲になった死者を忘却の淵に落とし込む。同時にそれは、新自由主義的な価値観を推し進め人々の生存を脅かした政治を検討することなく、今後もそれを維持していくためのセレモニーなのだ。思えば、<このまま何も変わらないこと>こそが破局であると断じたのもベンヤミンだった(注6)。ベンヤミンは、このような法において現れる暴力を、法そのものを立ち上げる一撃(法措定的暴力)と法を維持する暴力(法維持的暴力)として分析した末、それらを「神話的暴力」と呼んで検討していく。この「神話的暴力」に抗い、暴力の停止を命じる力を、ベンヤミンは翻訳、および引用に見出していくことになる。具体的にみていこう。
「ベンヤミンにとって翻訳とはけっして二次的に「外国語」を知らない読者を補助する手続きではなく、言語自体の生成の運動である」と柿木は宣言する(注7)。ベンヤミンにおける言語は、本来「日本語」や「ドイツ語」のように一個の言語として硬直するものではなく、他の言語との応答関係の中で生成し続ける。「このとき人間は、遭遇する事物の一つひとつの言語に呼応し、それを名づけていく。ここに人間の言語が生まれる。翻訳とは、世界との照応のなかから一つの言葉が発せられる出来事なのである」(注8)。この出来事において、死者のように異質な他者の言語に沈潜し、その細部に寄り添うことで、自明に用いてきた自国語を内部崩壊させるような「字句どおり」の翻訳が可能となる。「字句どおり」の翻訳は言語を円滑な情報伝達の手段であることから解放し、異質で破壊的な言葉遣いを編み出していく。そうして、人を組み込み整備していく銃器としての法の言葉に対し、内部に宿した芽をのばしてそれを機能不全に陥らせることができるのが「字句どおり」の翻訳なのである。
引用もまたこれと別のものではない。「カール・クラウス」において、ベンヤミンは、一つの言葉をもとの文脈から引き剥がすことで、その言葉自身を響かせるクラウスの引用に注目する。このような「引用のうちには天使の言語が映し出されている」(注9)。ベンヤミンにとって歴史哲学を体現するものである「天使」とは、死者たちを一人ひとりその名で呼び、過ぎ去った出来事を瓦礫のなかから一つひとつ拾い上げていく存在である。「引用」とは、死者をその名において呼び、今ここに召喚することである。「引用」の中で、その名と共に呼び覚まされた死者の言葉は、死者の記憶を宿した舞台となる。引用者を含め、その言葉にふれた者は、PTSDの患者がフラッシュバックに襲われるようにして記憶の光に刺し貫かれるのである。このとき、言語は公的で整頓された「日本語」ではありえないものとして、死者の閃光によって破壊される。ここでは、法を含めた権力による神話こそが危機に陥れられるのだ。
柿木は、原民喜をはじめ、石原吉郎、栗原貞子、パウル・ツィラーン、そして殿敷侃らを引用し、死者たちと共にある言葉を丁寧に綴っていき、神話にとっては破壊的なそのような言葉を植民地主義に寄生された人々へ突きつけている。これはベンヤミンのいう神的暴力を目指して実践された批評でもあるだろう。同時に本書は、植民地主義を内包する「大勢順応主義」に飲み込まれ生存を脅かされている僕たちに、死者たちとの連帯こそが生き延びる術となることを示す試みでもある。詩を含めた文学に限らず、美術や音楽といった諸芸術には、神的暴力でもあるような死者たちの記憶が刻まれている。死者たちの「強い沈黙としても現われうるこのような力を、芸術作品を成り立たせる内実として構成し、伝えるのが、言説としての批評の課題である」(注10)。
批評は、失われてしまった文脈や作品背景を解きほぐし、芸術における根本的な生の肯定を噛みしめる。批評は、人間の生存を脅かすものに抗うような芸術作品を分かち合い、人々を生きることに踏みとどめる活動でもある。批評の仕事は、芸術との緊密な恊働により、作品と人々との架け橋になることで、歴史の裂傷を抱えつつも本質において生に引かれた文化を樹立する。このような営みに連なることを今の僕は求めている。
(注1)石原吉郎『海を流れる河』花神社、一九七四年、13頁
(注2)「神話としての歴史」と「伝統としての歴史」については柿木伸之『パット剥ギトッテシマッタ後の世界へ』インパクト出版会、ニ〇一五年を参照
(注3)ヴァルター・ベンヤミン「歴史の概念について」、山口裕之編訳『ベンヤミン・アンソロジー』、ニ〇一一年、364頁
(注4)前同
(注5)前同
(注6)ヴァルター・ベンヤミン「セントラルパーク」、浅井健二郎編訳『ベンヤミン・コレクション1』筑摩書房、一九九五年、403頁
(注7)柿木伸之『燃エガラからの思考』インパクト出版会、ニ〇ニニ年、115頁
(注8)前同
(注9)ヴァルター・ベンヤミン「カール・クラウス」、山口裕之編訳『ベンヤミン・アンソロジー』、ニ〇一一年、163頁
(注10)柿木伸之『燃エガラからの思考』インパクト出版会、ニ〇ニニ年、99頁
未だ描きえぬ肉声——佐藤厚志『象の皮膚』について
「暴力」という言葉はしばしばその内実を曖昧にぼかされたまま口にされる。物理的な暴行であれ性的な加害であれ、あるいは言葉によるものであれ、思い返してみるといつ誰にどのようなことをされたのかという被害体験を詳らかに語られることは意外なほど稀だ。人がそのような体験を告白し得るのは共に苦しみをわかち合えるような大切な他者を前にしたときのみだからである。毎日の報道がある、と人はいうだろうか。しかしそれは客観性を装ったキャスターの言い回しによって吐き気を催すようなリアリティが希釈された後のものであり、いわば「暴力」の残滓を伝え聞いているに過ぎない。僕たちの日常は誰かが受けた被害を詳細に語ったりそのときの悲しみや怒りを言葉にしたりする機会をなんとなく避ける空気で満ちている。それは反暴力を訴えていながらその随所に当の「暴力」を潜ませている結構な社会に僕たちが暮らしているからなのだが、『象の皮膚』はこの「暴力」と格闘して至るところで血を流している異様な作品である。
たとえば作品の冒頭、小学校低学年だった主人公の凛は母親に付き添われ、周りの児童と共に健康診断を受けるのだが、アトピー性皮膚炎に覆われた全身の赤い皮膚を見せたところ、医者から「みなさん、これはカビです」と宣言されてしまう。後に誤診だったことが明らかになるのだが、このことをきっかけに美しい肌を持ったクラスメイトたちに「カビ」と囃し立てられるという脂汗の伝うような嫌なリアリティを持ったエピソードが描かれる。この場面が残酷なのは子供たちが凛を囃し立てるからでもそれを容認して笑っている大人たちの姿が垣間見えるからでもなく、社会の——他者の——言葉を凛が内面化してしまうところにある。言葉の暴力とは単に内容が暴力的だからそうなのではない。ぶつけられた人がその言葉を内面化してしまうがゆえに暴力なのだ。
学校という社会から受けた「暴力」である「おまえはカビだ」という言葉は家庭の中で訂正されるどころか追認されることになる。健康診断で宣告された「これはカビです」という診断が病院に行った際に間違っていたと判明したとき、凛の母親は「よかったねえ」と喜ぶのだが、つづけて「水虫だったらお風呂の足ふきマットもタオルもスリッパも気をつけないといけなくなるからねえ」と安堵する。それを見て「潔癖症の母親が心配していることが、自分の疾患より家族の衛生だということに凛は思い当た」るのだが、このような娘の疾患より自分の衛生が大事といったエゴは凛の家族が持つ基本的な姿勢であり、凛の心の傷といったようなものが配慮されることは一切ない。凛と同じ小学校に通う兄が凛のあだ名を家庭に持ち込み、弟もそれを真似て凛を「カビ」と呼ぶ。父親はそれを止めるどころかおもしろがるという始末である。
教室には凛の他にもアトピーの生徒がいたが、お互いが暗黙のうちに避け合うことになる。何気なく書かれているがここは重要な指摘であり、マイノリティとして言葉の暴力を受けている者は背負わなくてもいい負い目が原因で似た境遇の他者と連帯することができないのである。SNSで容易に連帯が叫ばれる昨今だが、この風潮にはマイノリティが連帯することが持つ根本的な困難を見えにくくし、声を上げられないマイノリティに対してさらに負い目を抱かせるような加害性がありはしないだろうか。実際、凛は苦しみを誰とも共有することもなく成長し、二十年の間おなじ苦労を重ね、契約社員として書店で働くようになっても孤立しつづける。アトピー性皮膚炎が治ることはなく、夏になっても半袖を着ることがない。人からそれを不思議がられると、凛は慣れた調子で「寒がりなんです」と嘘をつくのである。
ここまで被害者としての側面が強調されてきた凛だが、それだけが描かれるわけではない。この作品はアトピー性皮膚炎の当事者にとって社会がいかに残酷かを描くというそれ自体重要かもしれないが退屈な告発文にはならず、凛の加害者としての側面も同様に強調してくのである。たとえば書店員になった凛が職場で万引き犯の男を捕まえた場面で、凛は後ろから男を裸締めにし、男が逃げることを諦めても締めつづける。突発的に生じて暴走したこの力を凛は緩めることができない。頭の中に「絞め殺せ」という声が響く。店長に止められてようやく凛は万引き犯を解放するのだが、このような瞬間に顔を覗かせるのは溜め込んできたルサンチマンを無反省に放出する人間の姿である。この姿は客に対するちょっとした呼び方にも反映している。凛は中学生のときに肌が象のように薄黒かったことから「象女」という蔑称で呼ばれるという経験をしており、人を外見で呼ぶ暴力性を嫌というほど知っているはずなのだが、若い店員にセクハラ紛いのことをしてくる中年男性の客に対しては平気でその見た目の特徴から「油男」という蔑称を使うようになる。アトピー性皮膚炎に関しては被害者である凛も自分より劣った他者を目にすれば平気で加害者に転じ得るのだ。
凛の加害性は中学のときに同じ教室にいたソノコというクラスメイトとの関係においてより顕著に現れる。ソノコはいじめられて泣いている生徒をよく慰めており、容姿が可愛らしくて級友に好かれていた。そんな彼女から声をかけられると、「ソノコにそんな意図がみじんもないと知りながらも高いところからものを言われているようで不快だった」と回顧する凛は、男子生徒からいじめられていたのをソノコに庇われたとき、皮膚炎に覆われた自分の腕にそっと触れられてゾッとし、彼女のつま先を踵で踏んづけるという暴挙に出る。ソノコが泣き出したために担任教師にひどく説教されることになるのだが、凛は反省するどころか男子に向けるべきだった憎悪をソノコに向け、「ソノコのせいで男子の前で恥をかいて担任の説教を受けたと思」い、「虐げられた凛はもっと腕力の弱く、体の小さいソノコに当た」ることになる。もちろんソノコが意図的に凛を加害しているわけではないが、級友にも容姿にも健康な肌にも恵まれた小柄で可愛らしい彼女は凛にとってその存在が脅威であり、羨望の対象なのである。一方、嫉妬を引き起こすその身体的特徴がそのまま自分よりか弱くいくらでも痛めつけられる者であることを意味しており、凛にとって、ソノコは自分より上の存在(加害者)であると同時に自分より下の存在(被害者)でもあることが窺える。この構図はソノコと凛の関係に留まらない。先述の「油男」が客としてレジに現れ、アルバイトの女子大生に執拗にからんで過呼吸を起こさせるという場面があるのだが、ここで「油男」を止めようと躍起になっていた凛の元に千鳥という美貌の同僚が通りかかる。「油男」は標的を千鳥に変え、凛が再びそれを止めようとすると、千鳥からかまわないと言われて引き下がることになる。ひとしきりセクハラめいた言葉をなめるように絡みつかせた「油男」が去ると、「凛は「ごめんね」と千鳥の袖に触れ」るのだが、この動作はソノコが男子から庇った凛の腕に触れる素振りと対称的であり、千鳥にとっては凛がソノコのような存在に見えていることを暗示している。この作品においては誰もが少しずつソノコに似ているのだ。悪意の有無に関わらず、いやむしろ悪意のないところでこそ、人は誰かにとっての加害者であり、同時に被害者でもあるような存在として描かれているのである。
過去と現在の生活が交互に描かれていた作品の流れを断ち切り、仙台に住む凛のもとに震災がやってくる。東北では発生した地震は凛たちの日常を食い破って人間のエゴを露見させていくのだが、それ最も顕著に現れるのが被災後にいち早く営業を再開した書店での様子である。「こんな時、誰しも本を読むどころじゃないだろう、という従業員一同の予測は外れ、午前十時にオープンした善文堂仙台シエロ店に大勢の人が押し寄せ」る。凛はこの対応に追われることになるのだが、現場はもはや無政府状態であり、大混乱の様相を呈すことになる。凛は目の前の光景にショックと憤りを覚え、次のような反感を抱くに至る。
新刊はどこだ、今日は男性誌の発売日じゃないか、週刊誌が見あたらない、などと声をかけられる。信じがたいことだった。まだ広範囲で水道もガスも復旧が進まない。物流が完全に止まっている。食うものだって満足に手に入らない。コンビニの棚は空っぽだ。沿岸地域では津波から逃れて命ひとつで避難所で雨露をしのいでいる人らがいる。食うことよりも、眠ることよりも、寒さで震えながら家族や友人の安否を祈る人がいる。今、この瞬間に一分一秒を真っ暗闇で過ごす人がいる。それなのにどうして新刊本が、大地震がなかったかのように、いつも通り入荷して店頭に並ぶということがあり得るだろう。
作者には人間のエゴが鮮明に見えているのだ。たとえ大震災が起きた直後だとしても、自分の身の安全さえ確保されれば他人がどうであろうとかまわず、娯楽に走ることに躍起になる人間のエゴがくっきりとしているのである。「食うことよりも、眠ることよりも、寒さで震えながら家族や友人の安否を祈る人」にとっては津波そのものよりも破壊的なものに映るかもしれない。このエゴはもはや暴力なのだ。一方、前述の通りこの作品では誰かが一方的な被害者であることはなく、加害者としての側面も書きつけられることになっているのだが、この場面の場合、それは常連客だった女子大の女教員から理不尽なクレームを受けている際に、凛が彼女の首を絞める自分を想像するという形で描かれる。「女の顔がみるみる紫色に変色していく。口から泡が漏れる。ぶるぶるっと全身を震わせたかと思うと、一度に力が抜ける。大きな鼻の穴から血が流れる。女教員は崩れ落ちる」。震災によってもたらされた混乱の中、クレームという暴力をぶつけられる側も想像力によって加害者になっている、という現実が作者によって告発されているのである。作者の手は義憤によって震えている。印字された文字にすらその痕跡が窺えるほどである。
作者の怒りは正当だ。僕も同じ立場に立たされて同じものが見えていたなら同じ感情を抱くにちがいない。しかし、そう思うからこそ慎重にならなければならない。作者の意図がどうであれ、この作品において震災は人の暴力を浮き彫りにするための装置として機能しているのだが、実際に大勢の死者が出て今も多くの人が苦しんでいる現実をそのように扱うことには間違いなく暴力性が潜んでいる。震災をフィクションに導入することで、書店に殺到した人々が他人の命より自分の娯楽を優先したのと同じ暴力性を作者が持ってしまっているのだ。
先の場面の後でも作者の告発はつづいていく。被災後にいち早く営業を再開できたことで大きな売り上げを得た凛の職場に、おそらくは関東にある書店の営業本部から島袋という人物がやってきて御託を並べる。「四月は前年比にして倍に迫る売上を達成することができました」と意気揚々と喋る彼は、「この調子で引き続き好調を維持していきましょう」と朝礼を絞めるのだが、凛は「好調」という言葉に躓く。「困憊しながらも踏ん張って出勤して、食うものも食えず、震災と安月給に苦しむ書店員」を鼓舞したこの男には被災地の何が見えているのか。自分は安全な場所にいて苦しんでいる現場のリアルを無視する、ある意味では大いに資本主義的なこの身振りがいかに暴力的かが凛には鮮明なのだ。他にも震災後に実家の様子を見に行った凛に対し、はじめて無事を確認した父の一言が「なんだ、おまえもいたのか」というあまりにも残酷なものであったことや、大津波の迫った沿岸部に実家のある千鳥に対して職場の誰もが噂する程度のことしかできない現実が書き加えられていく。これらの場面を描く作者の手は怒りに震えながらも鮮やかだ。しかし、明確に描かれたこれらの場面に対して思うのは、他者の暴力を告発するそのときにこそ自分の言葉が誰かにとっての暴力になっていないか見極めなければならないのではないだろうか、ということである。
この疑問があるから、作品の終盤に対比的に配置された二つの場面はどこか白々しく見える。その場面の一つはモーリス神田というアイドルが凛の職場でサイン会を開き、そこに握手権を狙った転売屋やファンが詰めかけてパニックが生じるというものなのだが、人ごみの中、男の子を連れた母親が悲鳴をあげて倒れ込み、男の子がそれを助けようとして母親の上に覆い被さると、転倒した他の客がそこに雪崩れ込んで将棋倒しが発生する。事態をどうにか収めようとしていた凛は猛り狂う群集の被害者になるわけだが、この後で、今度は人気アイドルのイベントに出かけた凛が数量限定のグッズの奪い合いに参加する場面が描かれる。職場で暴徒と化した人ごみの醜さを思い知らされているはずの凛が、ここではグッズを手に入れるための争奪戦の中で無反省に暴徒となり、目の前で少女が倒れると、そこを人ごみを突破してグッズを手に入れるための活路だと判断して倒れた少女の肩甲骨を踏みつけていくような振る舞いに出る。くり返しになるが、この作品では誰かが一方的に被害者であることはあり得ないのである。一方、男の子と少女という違いはあれ、欲望に狂った人々が転倒した子供を踏みつけるという同じモチーフの対比的な配置はいささか技巧的に見え、器用に振る舞う作者に震災をフィクションに導入したことの加害性を問うてみたい気持ちを抱かせられる。
『象の皮膚』はありとあらゆる種類の加害性が描かれ、まるで「暴力」のデパートのような作品なのだが、実は作中に「暴力」という言葉は一度も出てこない。これはなぜだろうかと考えたとき、この点に、「暴力」という言葉を回避した作者が、震災をフィクションに導入することの加害性と向き合うことから逃げているという姿勢が現れているのではないかという疑問が湧いてくる。
苦しんで書いたであろうことは想像に難くない。キャッチーなテーマだからという不純な動機で震災を導入したわけではないこともわかる。震災という現実が露わにした暴力性に本当に苦しんだ人だから書けた作品だということを僕は微塵も疑わない。その上、おまえに震災について何が言えるのかと反問されれば押し黙るしかないのが正直なところだ。そのような僕もまた書店に殺到したあの醜いクレーマーたちの一人に過ぎないだろう。それで大いに結構だ。文学は未だあの震災を十分には描きえていない。それは苦しんでいる人が現実にいる問題をフィクションという娯楽に導入することが孕む暴力性に真摯に向き合うことの困難さに由来するだろう。ただ一方的な被害者など存在せず、誰もがなんらかの形で加害者なのだという洞察を持った作者ならこの困難に再び挑戦することができるかもしれない。僕は一クレーマーとしてそれを期待している。
2000字書評コンテスト『講談社文芸文庫』応募作品
僕も参加していた2000字書評コンテスト 『講談社文芸文庫』結果発表|コンテスト|NOVEL DAYSの結果が発表されました。
残念ながら僕は落選してしまったので、今回は応募した作品をこちらのブログに掲載します。
他者をめぐって——柄谷行人「意識と自然」について
『畏怖する人間』に収録された「意識と自然」という処女作で柄谷は、漱石を論じる文脈で次のような図式をくり返し描いて考察している。それは対象化できる私(外から見た私)と対象化できぬ「私」(内から見た「私」)の乖離という図式である。対象化できる私とは端的には容姿や経歴や能力といった他人の目に映り外から評価することのできる私のことを指す。反対に対象化できぬ「私」とは他人の目には映らない内面の「私」を指す。たとえば漱石の重要な仕事として柄谷が取り上げた『坑夫』の「自分」は「ものを知覚しているが、どうもそれが現実のように感じられず、自分も明らかに自分なのだが、自分自身のように感じられない」のだという。柄谷によれば「私が『いまここに』あることと、次に私が『いまここに』あるということの間にいかなる同一性も連続性も感じられぬ心的な状態を語っている」のが『坑夫』なのだという。ここで漱石が問題にしているのは、外面的には昨日とおなじ一人の人間に見える「私」が、その内面では昨日と今日とで自分がおなじ自分だとは思えないと感じているということである。別人がおなじ皮だけ纏っているような奇妙な感覚が漱石にはあったのだ。このような現実感を稀薄にしか感受できない感性は漱石に固有の問題ではなく、「内面への道と外界への道」のなかで柄谷自身の感覚でもあると吐露されている。
柄谷・漱石が置かれた状態は「私」の同一性、連続性が絶たれており、その結果、外界に対して批評したり反省したりすることはできるのに、それらを現実のように感じられず、自分自身のことすら自分のようには感じられず、テレビのなかの登場人物を眺めるようにしか見ることができなくなっているというものなのである。この状態は知覚そのものを変容させ、妄想を生じさせる。「漱石の迫害妄想は、対象化しえぬ「私」の次元における縮小感が外界の他者を迫害者のように変容させた」ために引き起こされていると柄谷はいう。どんなに他者を求めても、他者の代わりに迫害者という実態のない妄想しか現れないという「存在論的」問題の渦中で苦しんだのが漱石なのである。柄谷はこの事態を「他者に対して根源的な関係性が絶たれている」と表現する。
こうした事情により『道草』以前の漱石作品の登場人物は、代助にせよ宗人にせよ先生にせよ、みな漱石の分身であるような知識人と、それ以外の大衆的人物とに二分されていた。しかし、『道草』を経て執筆された『明暗』の健三は「根源的な関係性」を取り戻しており、知識人と大衆という隔たりを取り払った他者のなかに配置されていた。そうして他者との間でダイアレクティカルな会話をくり広げる。これは漱石のそれまでの作品にはなかった特徴である。『明暗』において漱石は世にいわれる「近代人」を描いたのではなく、普遍的な実質を描こうとした。いいかえればただ人間を描こうとして苦しんだのである。人間とは何か。柄谷は言う。
小林のことばがつねに自虐的なアイロニーにみちているのは、「真実」をお秀のような理論家のように語ることができないからである。恥ずかしい進退窮まった地点からしか「真実」を語ることはできはしない、そうでない真実などは贅沢な連中の頭のなかにつまっている知識にすぎないのだ。お延をもっとも理解していたのはおそらく小林であって、彼女もまた自尊心をかなぐりすてて「頭を下げて憐れみを乞うような見苦しい真似」をあえてやるにいたったのである。
『こゝろ』の先生は自殺はできても自分が抱えた過去を奥さんに告白することはできなかった。しかし「恥ずかしい進退窮まった地点」にいて先生のような経済的余裕とは無縁の小林は情けなく涙を流しながらも訥々と真実を語っている。先生の真面目さより小林の滑稽さの方が何歩も先を行っていたのだ。お延も小林のように「頭を下げて憐れみを乞うような見苦しい真似」におよぶことで真実を語っている。津田や先生のような知識人がどれだけ立派に見えようと、小林やお延のような見苦しい者の見苦しさの方がずっと真実に肉薄し、真実を語りうるのである。
「異質な他者」との出会いにおいて人間の真実が現れるという視野を漱石が持つようになったのは、『道草』において自分自身を相対的に見ることに成功したからである。『明暗』ではその非情な眼でもって人間をただ見つめ、描いた。どのような経験を通して漱石がそのような眼を持つにいたったのか、それは『畏怖する人間』を通して読んでもわからない。しかし、晩年の漱石を参考にして次のようには言いうるかもしれない。自分自身の内面と外面との間に開いた乖離に向けていた眼を他者に転じて彼らとおなじ顔をした己れを見出すことがあるかもしれない。他者をめぐるそのような可能性に賭けるとき、人は自殺するよりもなお怖ろしい告白を実践し真実を語りうるのである、と。
偶然の飛翔——ドストエフスキー『やさしい女』について
ナチスの親衛隊が囚人を移送する行軍のさなか、囚人のなかの一人をランダムで選び出して銃殺するという気晴らしを思いついた。この気晴らしで選ばれたのはイタリア人の青年で、彼は周囲を見渡して他の誰かではなく他ならぬ自分が選ばれたことを知ると、頬を薔薇色に染めて恥ずかしがったのだという(アガンベン『アウシュビッツの残りもの』)。
偶然という自分ではどうしようもないものに命を左右されるとき、人は通常の意味を超えた実存に達する「恥」を抱いて頬を薔薇色に染めることがある。私見では、表題作『やさしい女』を読む上でキーとなるのはこの偶然と恥である。思えば主人公が将校という輝かしい身分を捨てて質屋という卑しいと自認する職業に就いた原因は、上官の悪口が大声で交わされたビュッフェの席にたまたま居合わせたという偶然によるものだった。その場で抗議をしなかった主人公が名誉挽回のために決闘するように促されたのを断ったため、臆病者として団を追われたのである。
さらに言えば妻となる少女と主人公が出会ったのも、彼女が偶然に主人公の質屋を選んだからだった。もっともはじめは主人公にとって彼女は他と変わらぬ一人の客だった。それが違う目で彼女を見るようになったのは、ある日、ほとんど無価値な袖なしのジャケットを質草として持ってきたときに主人公が思わず皮肉を口走ったところ、彼女が真っ赤になって空色の瞳を燃え上がらせたのがきっかけだった。その姿に主人公は「ある種の特別な思い」を抱くようになる。それは三万ルーブリを集めてクリミアかどこかに領地を買い、南部の海岸地方に葡萄園をつくり、家庭を持ちながら周囲の隣人を助けて暮らすというどこかしらナイーブな理想を彼女に打ち明け、世間的には質屋という卑しい存在だが、地上でただ一人、彼女だけは自分が本当は高潔な理想を持った紳士であることを知ってくれるようにすることだった。真っ赤になって恥ずかしがる姿を見た瞬間に彼女を選んだのは、イタリア人の青年がそうだったように偶然に違いないが、しかし一度選んでしまうと、主人公にとって彼女はもうその他大勢には戻りえない特別な存在になったのである。
ある特定の誰かが特別な人になるのはその人に特別な気質や理由があるからではない。偶然に出会い共に時間を過ごしたというそのことがその人を特別にするのである。主人公にとって彼女は特別な存在になった。両親の死後、意地悪な二人の叔母のもとに引き取られた彼女は間もなく俗悪な商人に嫁がされそうになっており、進退両難に陥った末、主人公のもとに親の形見だった聖母像を質草に入れにくる。これに対して主人公は黙って十ルーブリを渡すと、翌日彼女の家を訪ね、商人がいる目の前でプロポーズするのである。これによって主人公は彼女が窮地を救った自分を尊敬してくれるものだと思い込むのだが、ここから二人のすれ違いがはじまる。
『やさしい女』というタイトルにもある「やさしい」とはロシア語で「クロートカヤ」といい、日本語では「やさしい」もしくは「おとなしい」と表記する他ないのだが、山城むつみによるとこの「クロートカヤ」は単に無口だとか従順でおとなしいとかいった意味ではなく、猛獣を鞭で打ちつづけてようやくおとなしくなったような状態、いつ暴れ出すかわからない激越なものを秘めた状態を指すらしい(『ドストエフスキー』)。奇妙なことだが本作で一度として名前を口にされることのない「クロートカヤ」は、すれ違いの最中に主人公に牙を剥く。「やさしさ」とは表裏にある「激越さ」を発揮するのである。ある日、彼女は夫となった主人公との口論の果てに、突然主人公に向かって足を踏み鳴らしはじめる。その姿は紳士を信条とする主人公をして「野獣のようだった」と言わせずにはいられないような激越なものだった。この激しさは眠っている主人公のこめかみにピストルを押しつけるという行動でピークを迎える。
奇妙に聞こえるかもしれないが、彼女のこの行動はすべて愛の成せる技なのである。
私との関係は誠実なものでなければならない。愛するにはすっかり心から愛する必要がある。(中略)ところが彼女はあまりに貞節で、あまりに純粋であったために、商人にとって必要な程度の愛には妥協することができなかったし、同様に、私をだますことを欲しなかった。本当の愛に見せかけて、半分の、あるいは四分の一の愛でだますことを欲しなかった。あまりに正直で。そこが問題なのだ。
二人の「問題」とは関係の非対称性にあった。愛し合うとは対等な関係で隣り合い、向き合いながら愛することだが、二人の間には落差があった。常に主人公は施す者であり、彼女は施される者だった。偶然によってできたこの羞恥を埋めるために彼女は命懸けの飛翔を試みるのである。その結果がどうなったのか、それは本作を手に取ってお確かめ頂きたい。
「終焉」を口走る者——蓮實重彥『物語批判序説』について
『物語批判序説』の「物語」とは紋切型のことであり、端的にいえば「終焉」を宣言する言説のことを指す。たとえばニーチェが口走った「神は死んだ」という有名な宣言などが代表的な紋切型であり、狂気に陥った彼の哲学者に倣って「終焉」を口にしてきた数々の知識人が本書においては槍玉にあげられるのだが、著者による華麗な批判を読んでいて私が気になった点をいくつか紹介していきたい。なお、あらかじめ断っておくと、私は蓮實重彥のいい読者ではない。人をくった表現や独特の重々しい文体にそこはかとなく反感を覚えるのである。これは具体的な言説に反発してそうなってしまうというより、漠然とした生理感覚による反感であるため、著者の作品にふれると「どこにも反論する余地はないが、それなのに何かちがう」というモヤモヤした感覚を抱き、具体的な言説に首肯できないときよりもさらに根強く違和感が生じるのである。
本題に入ろう。著者は本書において、文学や神の「終焉」を宣言する無邪気な預言者たちへの苛立ちをくり返し表明するが、特に念頭に置かれているのは、この作品がニ○一八年に講談社文芸文庫から出版された際に付されたあとがきを読む限り、柄谷行人の「近代文学は終わった」という文学の「終焉」宣言に他ならないだろう。名指しこそしていないものの本書は柄谷行人を批判した書としての横顔を持っているのである。著者によって暗に批判されている柄谷の主張とは、近代では「文学が特殊な意味を与えられ」ていた故に「特殊な重要性、特殊な価値」があったのだが、現代においてはそれがなくなってしまったというものである(『近代文学の終わり』)。これに対して著者は、近代文学にせよ何にせよ、あるものが終わるというのは実際にはとても難しく、なかなか終わってくれないのが実情なのだという主張を展開する。具体的には、プルーストの『失われた時を求めて』の最終章「見出された時」において「戦争の終わり」に言及する社交界の登場人物たちが、第一次世界大戦が長期化する現実にぶつかって、その言説を変化させていく様を論じていく。しかも待ち望んだ戦争の終わりが、フランスの復興ではなくむしろ衰退を招いたこと、さらに第二次世界大戦において広島と長崎に原子力爆弾が落とされた事実を受け、プルーストの登場人物ではないが、衝撃を受けたサルトルが思わず「人類の終わり」という紋切型を口走ってしまった経緯について書き、サルトルが何を口走ろうとも実際には人類は終わっていない、むしろ終わってくれそうにない現実に論及していくのである。
フランスの文豪を扱っていく著者の手捌きは華麗なのだが、読んでいて一点、気になったことがある。本書に登場する固有名詞——具体的にはフローベール、プルースト、サルトル、バルト——がすべて、フランス由来のものであるという点である。著者の論理には反論の余地がない。実際、近代文学にせよ人類にせよ神にせよ、そう簡単には「終焉」を迎えるようなものではないのだろう。「終焉」を口にすればそれはフローベールが批判した紋切型へと堕してしまうだけである。しかし、この事情は果たして日本の近代にも有効なのだろうか。著者の議論は理路整然としたものだが、土台となっているのはすべてヨーロッパの事情である。「終焉」が訪れていないのはヨーロッパの、より限定して言えばフランスの近代文学であるのではないだろうか。文学に限らず、哲学や人類学といった様々な分野を横断して論じている本書は、あらゆるものに言及しておきながら、決して日本については口にしないよう警戒しているように見える。しかし、本書が暗に批判している柄谷行人が「近代文学は終わった」と口にしたのは、『日本近代文学の起源』の延長でなされたものであり、題にもあるように「日本」の「近代」という一時期において文学が終わったということなのだ。つまり、柄谷が宣言した「終焉」とは時代も場所も日本に限られたものであり、ヨーロッパでは事情が異なることを承知でなされたものなのである。柄谷が考慮したこの点を無視する形で、頑なに日本の名を口にしないでなされた批判は、その身振りによって急所を外していることを明かしてはないだろうか。
この点を念頭に本書の冒頭を読み返すと気づくことがある。本書は「終焉」の不可能性を語ったものであるが、図らずも最初の章に付された題は「無謀な編纂者の死」である。つまり、一つの「終焉」を語ったものに他ならない。ここで「無謀な編纂者」と呼ばれているのは著者が専門として研究するフローベールのことなのだが、十九世紀の文豪であるフローベールの死とは、端的には文学における一つの時代の「終焉」であり、そうであれば本書の主張を裏切るものなのではないだろうか。著者の意図しないところで、本書は図らずもはじめからすでに「終わっている」のである。
おもっていることとやっていること——吉本隆明『マチウ書試論・転向論』
令和に入ったいまの時代においては吉本ばななの父親と紹介した方が通りがいいのだろうが、かつては、吉本隆明といえば戦後最大の思想家と呼ばれていた。いまでもその評価が覆ったわけではない。本書『マチウ書試論・転向論』は、そんな吉本隆明の初期の論考・エッセイを集めたアンソロジーである。
本書の全体を貫く思想は吉本の代表作の一つでもある「マチウ書試論」における「関係の絶対性」という言葉に要約される。「関係の絶対性」とは、端的にはコトバとココロの矛盾を突いた表現であり、簡単に言い換えると、「おもっていることとやっていることがちがう」という世間知を定式化したものだと言える。「芥川竜之介の死」において芥川竜之介が死に至るまで思い悩んだのも、「鮎川信夫論」で鮎川信夫が孤独に突き詰めたのも、「蕪村詩のイデオロギー」で蕪村がその革命的な創作において追究したのも、すべて「おもっていることとやっていることがちがう」という矛盾の問題に尽きるのである。具体的にはどういうことか。「マチウ書試論」から引用しよう。
加担というものは、人間の意志にかかわりなく、人間と人間との関係がそれを強いるものであるということだ。人間の意志はなるほど、撰択する自由をもっている。撰択のなかに、自由の意識がよみがえるのを感ずることができる。だが、この自由な撰択にかけられた人間の意志も、人間と人間との関係が強いる絶対性のまえでは、相対的なものにすぎない。
人間は心が清らかだから人を殺さないのではない。どんなに心が清らかでも、「決して人を殺さない」と強く誓っていたとしても、あるとき、ある関係に入ってしまえば、結果として、彼は人を殺さずにはいられないのである。事前に思っていたことと事後の結果とのあまりの落差を前に、人は立ち尽くす他になす術がない。「おもっていることとやっていることがちがう」とはこういう恐ろしい矛盾なのである。マチウ書(新約聖書の一つマタイ伝のフランス語読み)を含む聖書を精読したドストエフスキーは『罪と罰』においてこの事態を克明に描きながら、著者自身がこの矛盾に躓いている。ドストエフスキーだけではない。吉本隆明もまたおなじ矛盾に躓いて呻き声をあげていたのである。どういうことか。
本書に収録された作品群を執筆しているとき、吉本は就職した印刷会社で組合闘争に身を投じていた。要するに左翼運動の渦中にあったのだが、その影響で、本書の作品群には、当時強い影響力を持っていた共産党への批判が色濃く織り込まれている。吉本が所属する組合のなかにも共産党員がおり、共産党の支持者がいたはずであり、彼らとの「関係」において生じた軋轢が特に「マチウ書試論」には色濃く反映されている。それは、聖書(マタイ伝)は人の手によって書かれたものだという発想において顕著である。マタイ伝には現実を生きる作者がおり、その作者もまた、現実においてパリサイ人や律法学者、ユダヤ教との間に生じた強い軋轢に苦しめられていた。吉本が指摘するように、マタイ伝にパリサイ人や律法学者を口汚く罵る記述が散見されるのはこのためである。
いまとなっては聖書の成立過程を云々する発想は特殊なものではないが、戦後の当時においてそれは革新的なものだった。歴史のなかで生まれた思想の書として見たとき、聖書はまったく異なる相貌を覗かせる。その横顔に吉本は自身が渦中に身を投じていた運動を重ねた。そうすることで聖書の背景が鮮明になったとき、吉本は垣間見た光景を次のように書く。
現実が強く人間の存在を圧するとき、はじめて人間は実存するという意識をもつことができる。ここで人間の存在と、実存の意識とは、するどく背反する。たとえば、侮蔑され、遺棄されるもの、苦悩するものがひとびとの罪を代償として心情のなかに荷っているという描写や、魂の疲労によって、かれの眼はみちたりるというような、被虐的な思考の型のうしろがわには、存在の危機を実存の条件として積極的にとらえようとする意識がはたらいている。
組合運動や思想弾圧といった泥臭い現実のなかにあって、自分がどんなに高邁な理想を抱いていたとしても、実際には矮小な小競り合いをくり返す他ない。「おもっていることとやっていることがちがう」という矛盾に苦しめられる、そういう残酷な世界にあって、侮蔑され、遺棄され、苦悩するそのことが理想の実現に近づく術だとしたらどうだろうか? 「存在の危機を実存の条件として積極的にとらえようとする意識」と書きつけた吉本にはこのような「意識」があった。この「意識」を足がかりに、戦後最大の思想家は第一歩を刻んだのである。そこには「おもっていることとやっていることがちがう」という自身の苦悩があった。吉本を理解する上でその苦悩に思いを馳せることも一つの方法かもしれない。
従順と非服従——太田靖久『ののの』について
こんにちは。Twitter上で @kawamura_nodoka のアカウントで活動している川村和です。
今回は今年の文芸書を紹介する「文芸アドベントカレンダー」の十三日目の担当として、necomimiiさんからバトンを受け取りました。文芸書の紹介というより書評の側面が強いので、いわゆるネタバレを気にする方は『ののの』(著太田靖久 書肆汽水域)を一読してから以下をお読みいただくことをおすすめします。
次回はドーナツハンター正井さんです。よろしくお願いします。
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フランスの小説家ジャン・ジュネに『シャティーラの四時間』という作品がある。イスラエルによる支配からパレスチナを解き放とうと奮闘したフェダイーンと呼ばれる若い兵士たちのキャンプを訪れたジョネと彼らとの交流の日々を綴った平和なパートと、イスラエル軍の後ろ盾があったとも言われるキリスト教系の武装集団にフィダイーンを含んだ難民キャンプが襲撃され、女性や子供を巻き添えに無差別な殺戮が行われた事件が起き、たまたま現場の近くに居合わせていたジュネがジャーナリストを装って難民キャンプに足を踏み入れ、事件直後の現場をルポタージュする凄惨なパートとが対比的に描かれた作品である。このなかでジュネは難民キャンプの人々が悲惨だとは書かない。むしろ彼らの陽気さは不幸を突き抜けていたと証言する。なけなしの食料を老いたフランス人に気前よく分け与え、そのことに誇りや喜びを抱くのである。社会がどう見做そうとも彼らは幸福だった、というか社会における幸/不幸という概念の埒外にいた。
晩年のジュネが受けたあるインタビューのなかで、彼は次のように発言する。質問者が「我々はパレスチナの戦闘のニュースがあたり前になってしまったために、現実でなく非現実と感じているように思う、そのことについてあなたはどう思うか?」と尋ねると、ジュネは、「むしろ私にしてみれば、すべてを非現実に変えてしまうあなたがた(マスコミ)のことを強調しておきたい。」と答える、「あなたがたがそうするのは、そのほうが受け入れやすくなるからだ。現実のキャンプに本物の手紙を運ぶ女よりも、非現実的な死者、非現実的な虐殺の方が結局は受け入れやすいものだ。」
この「非現実」という言葉を「物語」と読み換えてみよう。テレビや新聞の報道は現実を伝えるのではなく現実を「物語」に変える。「物語」に変換されパレスチナ問題の悲惨な被害者というわかりやすいイメージに覆われた途端に、ジュネが目撃したフィダイーンの明るさは消えてしまい、現実はフィクションになる。ジュネがインタビューで語っているのは、「物語」化という物事をわかりやすくする行為がいかに暴力を孕んで現実を蝕むかということだ。しかもその暴力は人々の死角に溶け込み、自分が暴力に晒されているとは気づかせないようにする力があるのである。
この隠蔽された暴力を可視化する試みが、新潮新人賞を受賞した太田靖久の短編『ののの』である。
自転車の通学許可証を首に下げた中学生の男の子が風に煽られ、バランスを崩して倒れた拍子に道端の木の枝に許可証の紐がひっかかり、首を締め上げられて絶命するという事故からはじまる冒頭は、人の死を描いたにしてはどこかぶつ切りな印象があり、死の悲惨さを演出する意図もなければブラックユーモアに傾く感じもしない。事故死した中学生が語り手の兄だということを思い合わせればこの冒頭は出来事に対してかなり距離のある書き方になっていると思われるのだが、このような書き方を通して、読者は出来事のゴロッとした感触を直接手渡されることになる。作者の「物語」化されていない生の現実をそのまま語ろうとする意図が作品の早い段階から明示されるのである。
作者の姿勢は一貫している。この作品には稚拙に思えるくらいテンプレートな会話が氾濫しているのだが、それはそのような物事を「物語」化する暴力的な言葉が語り手の意識を蝕んでいく様を批判的に描くための手段であり、作者の倫理の現れなのである。たとえば兄の事故死につづいて葬式の顛末が語られるのだが、ここで話を分断するように唐突に本が現れる。葬儀屋の横にあるフェンスで囲われた国有地のなかに、白い本の山が野ざらしにされて捨てられているのである。葬式で交わされる会話はテンプレートなフレーズが氾濫するもので、このような言葉こそが「物語」化を生むのだが、葬儀の会話を断ち切るようにして唐突に現れるこの白い本は「物語」化を生む言葉の象徴であるように思われる。参列者はテンプレートなフレーズを使うことで一人の人間の死を定型表現に落とし込めてしまうことをどこかで自覚しながら、ちょうど野ざらしになった白い本の山を無意識に無視しているように、自分たちの言葉が中学生の事故死を受け取りやすい現実に歪めていくことから目を逸らす。登場人物のこのような姿勢は一貫しており、語り手の兄の命を奪った木が人々の間で「人殺しの木」と呼ばれ、伐採が検討されるくだりで、「大罪は命をもって償わなければならない」「木が人を殺すなんて生意気だ」「あの子には輝く未来があったに違いない」といったいかにもな言葉が飛び交う。当然のように中学校では自転車の通学証明書を首からさげることは校則で禁止されるのだが、語り手はこのような規則が「生涯つきまとう規制で」、「唐突に施行されたり、廃止されたりする不確定なものだったらどうなのだろう」と考え、若干の恐怖を覚える。
この恐怖は野々山という同級生が家に引きこもるようになった語り手を外に出そうとして訪ねてくる場面の会話に具体的な形で表現される。兄の死後、台風の日に川が氾濫しそうになり、語り手の父親がショベルカーで立ち向かう。土砂を積んで川の氾濫を止めようとしたのだ。しかし、父親は操縦を誤ってショベルカーごと横転し、川に呑まれて帰らぬ人となってしまう。兄につづいて父親までをも失った語り手は家の外に出られなくなるのだが、ここに野々山が訪ねてくるのである。語り手ははじめ訪問してきた野々山を追い払うつもりでいたのだが、彼の高圧的な態度に怯んで思うように行動できなくなってしまう。さらに、気遣うような言葉を投げかけてくる野々山を警戒しながら、心は否応なしに動かされ、慰められたような気持ちになり、挙げ句の果てには涙が出そうにまでなってしまう。ここで野々山は語り手の不登校の理由を父の命を奪った川が怖いからだと決めつけてかかるのだが、彼の言動に不快感を覚えながらも、彼の言葉の持つ力に引っ張られ、語り手は「本当に自分は川が恐いということを理由に学校に行けなくなっているのではないかと思わされてしま」う。語り手が他者の言葉に対して見せるこの反応の仕方は少し特殊だ。素直というか、従順に過ぎる。思えば死んだ兄との会話でも語り手はこの従順さを発揮しており、彼が人の言葉に従ってしまう性質を持った人間であることがわかる。「僕の中で曖昧な感情や想念として渦巻いていたものに付けられた不本意な理由」が、他者の「物語」化を促すテンプレートな言葉によって歪められてしまうのをどうしようもないのである。人の言葉に対するこの従順さがある限り、不確定な他者の言葉で自分の意思や感情を左右されてしまう恐怖からは逃れられないだろう。野々山との会話はこの恐怖が現実のものとなっていく過程なのである。
営業の女性が商品を売るコツは相手が持つ理想の女性像を瞬時に感じとり、そこに自分を当てはめることなのだという。作中に登場する電話営業の女性、海原知恵はテレアポのコツをこう語るのだが、これは男女関係なく該当するものなのかもしれない。語り手もまた様々な職業を遍歴した末にテレアポの仕事に就くのだが、そこで客が言葉によっていかに惑わされ、不当に高額な商品であってもイメージを上手く提示すれば買ってしまうことを知る。言葉が「物語」化を促して人を蝕む事態を目の当たりにするのである。語り手はかつて言葉の被害者だったが、成長した彼は反対に加害者の立場を経験し、再び家に引きこもる生活に入る。用事がない限り外に出なくなった彼のもとにときおり営業の電話がかかり、語り手に様々な商品を買わせようとするのだが、勧誘の言葉を彼はのらりくらりとかわす。野々山と対峙した頃の彼からは考えられない身振りである。「物語」化の暴力を伴う他者の言葉に従順だった語り手は、テレアポの仕事を経験したことをきっかけにその性質を変化させているのだ。具体的には単行本三十三ページの「★」で章が区切られる箇所の前後で語り手が性格を異にする。『ののの』を読む上でこの点には注意が必要だ。
語り手の変化を象徴するエピソードとして、単行本の三十五ページに「ずっと昔に見たアニメか絵本の挿し絵の影響」でカラスはくちばしだけが黄色いと思い込んでいた語り手が、道端のカラスを見かけて自分の思い違いに気づくという場面がある。幼い頃の彼ならイメージに負けてカラスのくちばしを黄色だと見間違えただろうが、現在の彼はイメージに捕らわれているのではないかと自らの認識すら疑う姿勢を持っているのだ。この批判精神は海原知恵にも共通して宿るものであり、特に語り手と連れだって明治神宮を散歩する途中で「教育勅語」の口語訳の冊子をもらう場面にそれが如実に現れている。海原は「教育勅語」の記述の一部に強い異和を感じる。それは友達と「お互い、わかってるよね」と言い合える仲になることを推奨する箇所なのだが、彼女によればこの「わかってるよね」には「二人の人がいて、お互いがお互いに対して抱くイメージに少しの狂いもないような感じ」があり、たとえば上司が部下に「わかってるよな」の一言で自分のイメージを押しつけてくるような、「二人の関係においてわずかでも有利な立場にいる側が、その言葉を押し付ける権利を有しているとでもいうよう」な暴力性を秘めているのである。
彼女の鋭い指摘に襟を正されたついでに調べてみると、作中には引用されていないが、教育勅語には次のような箇所がある。「もし危急の事態が生じたら、正義心から勇気を持って公のために奉仕し、それによって永遠に続く皇室の運命を助けるようにしなさい」——この記述からは嫌でも戦争を連想してしまう。否応なしに出兵させられた人々の面影を宿した暗い一文に見えるのである。このような言葉に対して従順でいれば、結果として、批判する意思を奪われ、戦争に参加させられ、命を落とさなければならない状況に追いやられることになるのかもしれない。それを回避するためにも、人は従順であることを乗り越えて非服従の姿勢に至るべきなのである。少なくともそれが『ののの』という作品において作者が示した倫理だ。
この倫理観は作品そのものが特定の物語に収束することを拒絶する身振りとして具現化されている。たとえば作中には語り手と海原との恋愛に発展しそうなにおいを見せる箇所や、殺人があったことを疑わせるような描写などが見受けられるのだが、作者はわかりやすい物語に筆を進めることはしない。特定の展開に発展しそうなそぶりを見せるとその都度テキストに亀裂を走らせ、物語化を防ぐのである。この姿勢は、ジュネがマスコミに対して指摘した「物語」化や人を戦争に駆り立てる言葉に対して、非服従を貫く倫理的な意志の現れである。このような姿勢によって、難解になる犠牲を払いつつも、『ののの』は安易な言葉が氾濫する現代にあって、いかに生きるべきかを模索した倫理の書となり得ているのである。
最後に、作中で特に筆者の印象に深かったシーンを紹介しておきたい。単行本六十一ページに代々木公園で語り手が時間を潰す場面がある。ここで彼の眼前にくり広げられるのは、言葉のいらないジョギングというスポーツ、人間の言語とは別の世界を生きる犬、幼い子供といったもので構成された言葉以前の風景であり、誰も他者に従順さを強いることのない楽園である。当然、語り手はこの景色に感動する。「物語」化を促す暴力的な言葉が跋扈するこの世界にあって、作者は、子供と犬(動物)にはまだ希望があると信じている。子供も犬も言葉に対しては従順ではありえず、非服従を衒いなく実践するからだ。語り手が一度は言葉に関する加害者を経験しなければ従順さから抜け出せなかったというのは見方によってはこの作品の欠点なのではないかと思うのだが、作者はそのようなルートとは別に、子供や犬といった言葉以前の存在に希望を託しているのである。彼らをよく見、観察することにより、加害を経なくても非服従に至る道があるかもしれない、と。六十一ページの風景は、フェダイーンが明るく陽気なように大人の目に眩しく輝いている。この作品にあって例外的に風景描写の濃厚なこの場面は、作者が意図して書き出したものというよりふとした拍子に生まれてしまったもののように見える。だからこそ、「言葉以前の楽園」という言葉(これ自体も「物語」化を促す言葉だ)では括りきれないもの、具体的には「靴擦れをして皮が捲れた夫のかかとに絆創膏を貼っている老婦人」や、「お互い不機嫌な顔」をした「ベビーカーを押す若い夫婦」が書きつけられる。これらは年齢こそ隔たっているが夫婦という共通項があり、たとえばテレアポでその場限りの会話を重ねるような関係とは違って、どちらも深い関係性をにおわせる描写なのである。語り手はテレアポという仕事で加害者を経験した末に非服従に至った。想像だが、「お互い不機嫌な顔」を晒し合うような夫婦は、その関係のなかで加害と被害を激しく循環させながら濃いつながりを生み出しているはずである。思うに、「物語」化を促してくる暴力的な世界にあって、そのように個人と個人が深い関係を結ぶことを希求する心が作者にこの作品を書かせたのではないだろうか。であれば、海原を終盤で退場させず、恋愛とは別の形で、語り手と彼女との関係性を突き詰める方向もあったのではないかと考える。彼女との関係は語り手に重い不快を引き起こし、場合によっては物語に亀裂を走らせる作者の姿勢に反する展開が待っているのかもしれないが、しかしそれでも、思うようにならない他者から逃げて親しみやすい死者に身を委ねるのは、「物語」に従順であることとそう変わらないはずである。「お互い不機嫌な顔」を晒した末に、他者との関係において「物語」への従順さを乗り越えたところに、真の非服従がある。もちろんこう唱える筆者の言葉も作者に対して『物語」化を促しているだけであり、作中で批判されている陳腐でテンプレートな揶揄の域を出ないのかもしれない。しかしその批判を受けたとしても、他者との関係において生きたいと願う心が筆者にはある。それが筆者の考える倫理なのである。
(文芸ファイトクラブ2参加作品) 遠い感覚——柴崎友香『わたしがいなかった街で』について
紙面に限りがあるので引用して詳しく解説することは控えるが、『わたしのいなかった街で』の冒頭は語りの現在時が横滑りしていき、「一九四五年→親戚と同席した車中→その十年後」というふうに語り手にとっての「今」が移動していくという特異な文体ではじめられている。そのような文体に乗せられながらテクストを読み進めていくと、距離に関する言説が必ず時間とセットで表現される(具体的には目的地までの距離を表現する際は必ず「徒歩で何分」、「電車で何分」といった書き方がされる)点が目につくようになる。この二つの特徴によって読者の中には「距離=時間」という図式が生まれ、「大阪は電車で何時間だから遠い」というのと、「学生時代のあの瞬間は何年前だから遠い」というのが同じ次元の感覚になっていくのである。少なくとも語り手の「わたし(平尾)」はそのような感覚を生きており、集中してこの小説を読んだ読者にもまた同じ感覚が共有されることになる。
このような文体は作者に否応なく時間への集中力を要し、ある時点から今現在はどのくらい遠い——時間が経ったか——を意識せざるを得なくさせる。こういう集中を強いられた中で「徒歩何分」「電車で何時間」という表現に出会えば、自然と距離に使う感覚で時間を捉えるようになるだろう。距離は時間で計算するものだから時間と距離は無関係ではないが、一九四五年の六月を距離的な意味での「遠い」と捉えるのはふつうの感覚ではない。ふつう、「遠い昔」といった表現をした場合、発言者の意図としてはその「遠い」というのは決して辿りつけないこと、不可遡であることを意味しているはずだが、柴崎友香の感覚では一九四五年の六月が「遠い」というのは距離的な意味での「遠い」と同じものであり、歩く努力を惜しまなければいずれ辿りつけるものなのである。作品全体に漂うこの感覚は自我を稀薄にさせるのだが、それは「わたし」が引越し先のマンションでテレビやインターネットの配線を繋げに来た業者にパソコンのメモリが少なくなっているとアドバイスされる場面に端的に現れている。人の苦境を思いやれる、と言って「わたし」は業者の親切に感動するのだが、ここで「わたし」が感動した「思いやり」というのは他人のことを自分のことのように感じる力だ。共感ともいう。これは言い方を変えると自他の境界が曖昧であるということであり、他人と自分との立場が容易に入れ替わったり、自我が絶対的なものではなかったりする感覚に繋がっていく。そのためこの小説では中盤から一人称の語り手だった「わたし(平尾)」ではなく、途中から作品に登場した葛井夏という人物が主役のような重みを持ちはじめ、作中で最も美しい場面に立ち会うことになる。その場面とは、休暇を使って友人たちと瀬戸内海に出かけた葛井夏が、友人たちに先立って一人で大阪に帰る高速バスの中、山の麓に広がる棚田が車窓に現れる。棚田ではその土地で何十年も汗水を流して生きてきた農家の老夫婦がふと仕事を止めて茜色に染まった夕陽を仰ぎ、美しい空に感動している。これ以上素晴らしいことなど人生にはないに違いない、と葛井夏は胸を打たれ、その老夫婦の幸福は、何年も何十年も田んぼに手を入れ、暑さや寒さや台風を経験してきた人だけが得ることができるものだと考える。
わたしはこれからも、たぶん、田んぼを耕したり毎日自然と対峙しながら誰かと共に何十年も過ごしたりすることはない。あの場所で体験できるこの世界の美しさは、わたしは得られないと思う。たとえ彼らの年齢になっても、得ることはできない。
しかし葛井夏はそのために悲しむわけではない。
ずっとわからないかもしれないけれど、それでも、わたしは、自分が今生きている世界のどこかに死ぬほど美しい瞬間や、長い人生の経験を噛みしめて生きている人がいることを、少しでも知ることができるし、いつか、もしかしたら、そういう瞬間に辿り着くことがあるかもしれないと、思い続けることができる。
葛井夏のこの思考は「わたし」のものではないし、遠く離れた場所にいる「わたし」がこの美しい瞬間を知る術もないのだが、人が「距離=時間」という感覚に生きているのなら、「わたし」は未来から翻ってこの瞬間に辿り着くことができる。少なくともその可能性を信じることができるのである。この可能性は作中の登場人物の中にではなく読者の中にこそ生起するものなのだが、ここでこの作品のテーマともなっている、「わたし」が作中でくり返し見る様々な戦争の映像のことを思い出そう。「わたし」はそこで死んでいく人たちが自分ではないこと、自分が安全な環境でテレビを見ている側の人間であることを不思議に思い、半ば画面の向こうの彼らに同化する形で、幸福を知ることなく死んでいってしまった人たちの悲しみを思う。しかし、『わたしがいなかった街で』というテクストはこう語りかける。棚田の夕陽を知ることもなく死んでいった人たちがいたとしても、夕陽は確かに存在していた。それがすべてではないか。自分の存在より美しい夕陽を眺める老夫婦が確かにいること、それ以上のことなどないのではないか、と。この途方もない作品において戦争の悲しみは浄化されているのである。
シスターフッド
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文藝2020年秋号に掲載された高島鈴のエッセイによれば「シスターフッド」とは勝つための政治的戦略なのだという(「蜂起せよ、<姉妹>たち シスターフッド・アジテーション」)。なるほど、構造的に分断を強いられてきた女性たちに連帯と団結を呼びかけたこのエッセイはアジテーションたりえているが、一方で高島が掲げる「sisterhood」という言葉に含まれる「hood」とは「覆い」のことにほかならず、「シスターフッド」とはなにか決定的なものに覆いをかけたところで成り立っている概念なのではないかという疑問を抱いた。その決定的なものとなんであろうか。具体的にみていきたい。
高島は前述のエッセイの最後で「他ならぬあなた」と読者に対して信念の共有を呼びかけているのだが、男性や、女性であっても自分の論に賛同しない者がこの「他ならぬあなた」に含まれているようには見えない。実際、高島は自分が呼びかける読者の条件として「あなたがこの戦略を信じてくれるなら」というものをつけている。僕はここに違和感を抱いた。高島の手は「シスターフッド」という信念を受け入れた読者の「胸ぐら」を掴むことはできているが、信念に共感できてもそこからはみ出てしまう読者は素通りしてしまっている。後者の例としてたとえばこのエッセイには男性のフェミニズムの可能性が決定的に欠けているし、フェミニズムに参加することができないトランスジェンダーの微妙な葛藤が考慮されていない。身体的には女性だが性自認は男性であるような人物はこのエッセイをどう読めばいいのだろうか。そういう疑問を持ってエッセイを読み返すと、高島の「他ならぬあなた」には他者としての「あなた」が欠けていることに気づく。反論する者は「シスター」にあらずと暗に宣言しているように読めるのである。しかし、むしろこのエッセイに反論を企てるような「あなた」を「シスター」として包括するときにこそ、「シスターフッド」という政治的戦略は勝利を収めることができるのではないだろうか。
以前このブログで論じたため詳細を省くが、ヴァージニア・ウルフは『ダロウェイ夫人』のなかで特異な手法によって個々人の感覚の差を描いている。(拙論「偏在する「私」——ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』について」https://iebayokatta.hatenablog.com/entry/VirginiaWoolf/MrsDalloway)。ここでいう「個々人」には当然女性同士も含まれており、むしろ階級や境遇に差のある女性同士にこそ感覚や価値観に違いがあり、確執があることが描かれていた。つまり女性である「私」が女性である「あなた」に対して暴力的であることがありうるのである。たとえばそれは作中でダロウェイ夫人が結婚したことでかつての魅力を失ってしまった幼馴染みのサリーに抱く視線や、何より容姿が醜いという自覚のために結婚を諦めそのかわり学者顔負けの知識を得た自立した女性である家庭教師のミス・キルマンに対して持つ敵愾心によってありありと明かされている。一方でサリーやミス・キルマンの内的独白を介して富を好み貧を蔑むダロウェイ夫人の俗物さも批判的に描かれており、彼女たちが同盟を結ぶことの難しさを伺わせる。それではウルフはフェミニズムに否定的だったのだろうか。そうではないことは史実が明らかにしている。むしろウルフこそ第一波における代表的なフェミニストだった。『三ギニー』や『自分ひとりの部屋』を読めばそのことは明らかである。ウルフは『ダロウェイ夫人』において「シスター」になれずにぶつかり合うような人々の間にこそ人生の美しい瞬間が訪れることを描いており、どのような価値観もありのまま内包する視点にこそフェミニズムがあると考えていた。
こうして書かれた『ダロウェイ夫人』には女性だけでなく戦争で負った精神的外傷がもとでPDSDを患い周縁に追いやられた男性をも包括する視点を持った作品となり得ている。多様な価値観の間で「私」が意見も立場も異にする「あなた」と隣り合う世界を肯定しているのである。個々人において感覚も立場も異なる世界ではぶつかり合いや諍いが絶えないかもしれないが、それでも一つの価値観を強行して「あなた」を許容しない世界には存在しない美しさがある。僕はウルフが描いてみせたような異論や反論を内包してしまうような豊かな視線をこそ「フェミニズム」だと考えたい。高島はラディカルという言葉を「過激」と解釈することを退けているが、僕が考える「フェミニズム」はむしろ「フェミニストでなければ人にあらず」といった過激さを肯定している。その過激さが宿す暴力性を自覚し、具体的な身近な他者との関係において自分が暴力でありうるとおののいたときに本当の勝利が訪れると信じるからだ。大事なのは「あなた」との具体的な関係において「私」が暴力であるという痛みを伴った自覚が生じるか否かであり、痛みのないところで成立するどんなフェミニズムにも僕は興味を抱けない。「他者との関係において痛みを恐れるな」というメッセージこそが女性以外をも含んだ本当のアジテーションとなりうるのではないだろうか。
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しかし、僕が示した程度の認識なら文藝2020年秋号に掲載された作品のなかだけでも小澤英実や王谷晶がより深く省察しており、高島鈴のエッセイにしても僕がしたような批判など百も承知で書かれているのかもしれない。男性である自分が余計な嘴を挟む余地はないのではないだろうか。また、男性の目線から「シスターフッド」を語るという点ではTVODによる「シスターフッドについて語るわれわれというブラザーフッドについて」で十分に記述されており、彼らの認識は概ね頷けるものとなっている。それゆえこの原稿は没にしてさっさと忘れてしまおうかとも考えたのだが、そうするには小骨が喉に刺さっているような違和感がどうしても拭えないのである。なにかが引っかかっているようだ。この引っかかりがなにに起因しているのか考えるにあたって、足がかりになりそうなのは何人かの執筆者が「シスターフッド」というテーマに対して困惑したという事実を書きとめていることである。彼女たちは何に困惑したのだろうか。
この点についてもっとも率直に語っていると思われるのが秋元才加のエッセイ「手を取り合い、最短の道を行く」である。彼女がそこで挙げている理由は「シスターフッド」という言葉を知らなかったからというものだ。正直に告白すれば僕自身も文藝で特集が組まれるまで「シスターフッド」という言葉を知らなかった。しかし、これは本質的な理由ではないだろう。もっと重要なことを小澤英実が「抗体としてのシスターフッド ともにあることの認識論」で示している。小澤はそれを高島鈴の論考から引いて「ホモソーシャルゾンビ」と表現している。「女が三人集まると、大抵ほかの二人が仲良くなって自分が余計な存在に思えたし、集団では輪に入れない劣等感があった」。僕は女性ではないがこの感覚はよくわかる。僕自身「ホモソーシャルゾンビ」にほかならないのだろうが、それはともかく、連帯を掲げれば孤立する人が出てくるのは避けられない事態なのだ。「シスターフッド」が女性たちの連帯を目指す以上、その輪に入り切れない「ホモソーシャルゾンビ」は一定数あらわれる。彼女たちのなかには「シスターフッド」を公然と批判する者もいた。小澤が挙げた代表的な例としてはスーザン・ソンダクやハンナ・アーレントといった思想家がそうである。彼女たちのような連帯できなかった女性は切り捨ててしまえばいいのかというと話はそう簡単ではなく、彼女たちのような思想家こそが女性の権利拡張に貢献してきた。この事実は無視できないものである。
何人かの執筆者が「シスターフッド」という言葉に困惑したのは、小澤と同様に自分が「ホモソーシャルゾンビ」だったという感覚があるからではないだろうか。人々を一定の方向に仕向けたときに多かれ少なかれそれに乗れない個々人の感覚差が出てくるのは当たり前で、そうであれば表面的には連帯しているように見える人々の間にも差異が生じてくるのは必然である。「シスターフッド」という一つの方向は個々人の感覚差を押し殺したところで成り立っており、特集に書かれた各論からはその軋みが微かに聞こえてくる。小骨のような引っかかりとはこの軋みにほかならない。この小骨を抜く方法は一つであり、それはたとえ一定の方向のもとに各人が団結することを目指す場合であっても、個々人の差異を許容し、「私」にとっての「あなた」が生じるような関係性を殺してはならないというものである。「シスターフッド」による連帯とは全体性ではないはずだ。
「シスターフッド」が意見を異にする「あなた」を許容し全体性から逃れるためにはどうすればよいのだろうか。そのヒントは小林秀雄の「表現について」に書かれている。音楽を歯切りにした芸術一般の表現について語ったこの論考のなかで、小林は小説家が扱っているのは言葉ではなく描写の対象となる事物であると主張する。言葉ではなく事物を扱って思考することを仮に「小説的思考」と呼ぶことにするが、「小説的思考」の代表的な機能は隠喩ということになる。なぜなら彼の扱う言葉はすべて思考の対象となった事物のメタファーであるととれるからである。また隠喩とは事物Aと事物Bを並置することで第三の意味を産出する技法であり、意味を生み出す能力であるということができる。さらにこの能力を分析してみると、隠喩は事物Aである「喩えたもの」と事物Bである「喩えられたもの」に分解して考えることができる。この場合、一方で「喩えたもの」は「喩えたもの」ならざるものと化し、「喩えられたもの」は「喩えられたもの」ならざるものと化す。たとえば「彼は犬のような男だった」という一文を考えてみよう。この文のなかでは事物Bの「喩えたもの」である「犬」は単なる「犬」を意味するのではなく、卑屈さや隷属のニュアンスとなって更新され、一方で事物Aの「喩えられたもの」である「男」は人間のなかの男一般を指すものではなく「犬」の性格を付与された者となり、男一般とは区別される。このような隠喩的関係が成立した状態で「犬」という言葉を使ったとき、それが指すのはもはや犬ではなく人間である。犬としての「犬」という言葉はこのとき空洞化されているのである。意味を産出する隠喩は裏の顔として意味を剥奪する側面を持っている。
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小林秀雄は「様々なる意匠」で〜主義という視点で文学を見つめることを批判した。「意匠」とは上述で分析したような隠喩が産出する「意味」である。これは「意匠(=〜主義)」もまた意味を生み出す裏で意味を空洞化していることを示している。小林秀雄はだからこそ「意匠」を批判した。彼の批判もあってか現代において「意匠」はもはや滅びたと思っていたが、立ち止まってみるといま現在にこそ「意匠」は亡霊のように跋扈しているのではないかと思われてくる。しかも現在の「意匠」は〜主義というかたちを取らないだけに幽霊の如く捉えにくくなっているのではないだろうか。たとえばその例として「ジェンダー」が挙げられる。現在の文学の潮流において「ジェンダー」は主要なテーマの一つとなっており、まさに一つの「意匠」の体をなしているが、現代の文学において「小説的思考」を介して描かれた「ジェンダー」という隠喩的テーマは今まで不当な扱いを受けてきた社会における女性の存在に光を当てたが、一方その陰で生身の女性を生きづらくしている側面もある。専業主婦としてパートをしながら働くこと、夫に扶養されることに安らぎを覚える女性は一部の「フェミニズム」を自分に対する批判だと思うだろうし、「女性専用車」のような公正なふりをしていてその実差別的な奇妙な存在がまかり通ってしまっている。これらが陰の例証である。これらの陰は、たとえば文藝における「シスターフッド」特集のような、執筆者全員がある程度おなじ一定の方向性を持つために多様性が失われている状態にもありありと痕跡を示している。「意匠」としての隠喩がある意味に焦点を合わせることであるとするなら、合わせられた焦点を横へズラすものとして換喩というものが考えられる。詳細は後述するが、換喩は小説においては文体の工夫というかたちを取り、小説の外では批評というかたちを取る。そのため仮に換喩による思考を「批評的思考」と呼ぶことにするが、この「換喩的思考」が蔑ろにされてしまったせいで隠喩的作品に満ちた一部の文芸誌において全体性のごときものが生じてしまっていると考えることができる。「小説的思考」の光によって焦点を当てられた「意匠」に対し、「批評的思考」は換喩的にその焦点をずらし、光によって見えなくなった陰を明るみに出すことができる。それが「批評的思考」の役割なのである。
そのような「批評的思考」を有した作品として『ダロウェイ夫人』を読み返してみよう。この作品は第一波のフェミニズム運動の最中に書かれており、その意味では「フェミニズム」という「意匠」を有したものだと言えるのだが、ウルフは意識の流れと内的独白を駆使した実験的文体を創造することにより「意匠」による焦点の一点集中を防いでいる。その実例が前述したPDSD(シェルショック)を患った男であるセプティマスの視点であり、セプティマスの混乱した意識とダロウェイ夫人の端正な意識とが部分的に重ね合わせられ、二人を一種の分身のような関係として描くことで「フェミニズム」という一つの視点では括れない多様性を作品に付与することに成功している。これは従来の小説を批評的に検証し、その結果を文体に込めたウルフの「批評的思考」の成果である。「批評的思考」はこのように一つのテーマで全体を支配することから作品を解放し、換喩的なズレを生じさせている。
文体に工夫を凝らしているために反面では読みにくくなってしまっている『ダロウェイ夫人』と文藝のシスターフッド特集に収録されている王谷晶の『ババヤガの夜』を対比してみると、まず目につくのは文章の読みやすさである。『ババヤガの夜』は『ダロウェイ夫人』と比べれば立ち止まることなくスムーズに物語を追っていくことができる。その物語についてなのだが、冒頭でまだ固有名詞が明かされる前の主人公である女が男の集団を打ちのめすという場面が描かれている。僕はこの場面になにかルサンチマンの解消のようなドロッとしたものを感じた。実際、女が男たちをなぎ倒していく展開は倒される男たちの一人が口にした「ひでえブスだな」という台詞の直後であり、ルッキズムに対する女の復讐がなされたように読めるのである。もちろん、だからダメだと言いたいわけではない。復讐は復讐を生むというありふれた台詞を吐くつもりはないし、ルッキズムの問題はそれとして解決されるべきものに違いないからである。ただしおなじ問題を扱うのであってもウルフなら違うように書いただろうとは言える。少なくとも文体の工夫という換喩的な要素が前面に出ていたであろうことは想像に難くない。そしてウルフとのこの差異は王谷晶個人の資質による問題ではなく、時代の潮流が関わっている。
隠喩的な「小説的思考」と換喩的な文体への志向は努力のベクトルがまったく違う。古井由吉や大江健三郎といった、いまとなっては前時代の作家には換喩的に振る舞うことが許されていたが、それというのも「戦争」という大きな物語が時の流れとともに解体された時代、文学が何を描くべきかが模索されていたときに「書くべきものは何もないがそれでも書く」という姿勢が許容されていたからこそ有効だったものであり、10年代も終わりを迎え、「戦争」の代替品として「ジェンダー」や「人種」が拵えられるようになった現在には受け入れられないものとなっている。隠喩的に一つのテーマに焦点を合わせて掘り下げるのが現代の潮流なのである。
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現代のフェミニズムの運動が主張するのは「女性が虐げられてきた」という社会構造が孕む問題である。なるほど、「女性が虐げられてきた」というのも「トランスジェンダーが不当に差別されてきた」というのも事実にほかならない。しかし、こういう批判には自分こそが彼女らを虐げたという暴力的な自己認識が欠けており、そのために単独者として真の正義を成す機会からは遠ざかっている。男性として、女性として、生まれてきた時点で他の性のあり方に対して暴力的にならざるを得ない、関係が強いるこのような構造をどれだけ意識できるかが大事であり、この意識のないところでなされた批判はどれだけ鋭いものであっても意味をなさない。なぜならそこには自分が正しいというケチな傲慢さがあるからだ。具体的な身近な人との関係において、自分はこの人にとって暴力になっているかもしれないと反省した末に紡がれた言葉が、かろうじてジェンダーに対する批判になりうる。僕は安易に「ジェンダー」を扱った作品にその反省があるとは思わない。ジェンダーを考えるとはそれだけ難しいものであるはずなのだ。
僕はたとえば『ババヤガの夜』を批判したくてこのような文章を書いているわけではない。こう書いている僕自身がジェンダーの難しさに打たれていないではないかと思うからこそ、それについてもっと深く考えたいと願っているのだ。そういう意味では『ババヤガの夜』は僕にきっかけを与えてくれた恩のある作品なのだが、一方でこの作品が構造的に抱えている問題を無視することはできなかった。それは端的には次の点、『ババヤガの夜』における主人公新道の腕っ節の強さはハリウッドによくあるような男の主人公をそのまま女に反転させただけのように読めてしまうという点にある。この反転は王谷の批評的思考によって工夫されたもので、たとえばハリウッドが描く男性性の象徴のようなヒーローが彼女の視点には問題を孕んだ存在、極端を恐れずにいえば悪魔のような存在に見えていたからこそ、それを反転して「腕っ節の強い女主人公」という存在を打ち出し、英雄と言えば男性性の象徴であるといった先入観に閉ざされた目にショックを与え、ハリウッド的な英雄が持つ問題を浮き彫りにしようと企図したものであるはずなのだ。「男(ここ)」では英雄だったものがまったくおなじ姿のまま「女(そこ)」の視点では悪魔になる、男女の構図を反転させることで王谷はこの事実を浮き彫りにしようとしたのである。
ハリウッド的男性性の象徴はたとえ多くの人にとっては「英雄」だったとしても一部の人にとっては間違いなく悪魔であり、人を抑圧し暴力をふるう存在にほかならない。「シスターフッド」はこのような悪魔と戦うための戦略であるはずであり、だからこそ彼女たちはおおいに戦い、そして勝利すべきなのだが、このときに失念してはならないのが単純に男女を反転させたとしても今度は別の悪魔を生み出すだけになってしまうという点である。「女(ここ)」にとっての英雄が「男(そこ)」にとって悪魔になるのだとしてら、構図を反転させただけで問題はなにも解決していない。高島鈴のエッセイに対しても王谷晶の小説に対しても僕が喉に小骨が刺さったような違和感を抱くのは、両氏の作品にこのような危険性が潜んでいるような気がしてならないからである。大事なのは「私(ここ)」と「あなた(そこ)」の差異を無視したところで生じる連帯は結局のところ「シスターフッド」が敵とするものとおなじ構図を反復することにしかならないという点である。たとえ連帯が崩れる可能性があっても「あなた」をありのまま描き受け止めることが大切なのだ。この点を忘れたときに固く結ばれていた「シスターフッド」の連帯は氷解するだろう。僕の小骨はこの危機感を抱いたことによって生じた余計なお節介の結果である。
残念ながら男性である僕が「シスターフッド」に連帯することには限界がある。もちろん「シスターフッド」が直面している問題に関しては男性こそが当事者であり、男性こそが「私=男性=ここ」が「あなた=女性=そこ」に自分がどう見えるかを自覚すべきなのだが、それは「シスターフッド」とは別の問題になるためここでは深く立ち入らない。僕にできるのはただ文藝が灯した小さな火がこの機会に少しずつでも広まり、「あなた」をありのまま見つめることのできる真の連帯が生じるよう願うのみである。
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ここで筆を置いてもかまわないはずなのだが、そうするにはなにか物足りない感じが拭えない。これでは急いで結論を出しているだけで、自分にとって大切な問題を本当に深く考えられているかが疑問なのだ。自分の身を切って本当に考えるということができていないのではないか。深く考えれば僕にとって大事なのはジェンダーではない。フェミニズムでもない。シスターフッドですらないだろう。僕にとって本当に大事なのは身を切って身近な人との関係性を考えられるか否かだけなのだ。その身近な人のなかには女性も含まれており、その関係は性の差が持つ構造的な対立に必然的に囚われてしまっている。レヴィナスは暴力を封じるような「顔」を生起させる他者とは端的には女性であると言った。しかし、デリダを持ち出すまでもなくこれには反論が可能であり、「顔」が暴力を封じることができるのは「顔」こそが暴力を生起するからなのだ。言い換えると、ヘテロセクシャルの男性にとって女性という存在があればこそ愛が生じるのだが、同時に女性があればこそDVやレイプのような暴力が生じるのである。性の差が持つ構造的な対立とはこの暴力の可能性にほかならない。
ナチスをはじめとした全体主義国家の盛衰を見届けたレヴィナスは、歴史において一つの思想、一つの理念、一つの理想に人々が融合することを目的としたコミュニケーションはいずれ砕け散る運命にあることを洞察した。仮にそのようなコミュニケーションが成功したとしても、それは自分とはちがう異邦人のような他者、つまり「あなた」が本来持っていた多様性を廃棄したところに成立するコミュニケーションであり、他者の他者性が無視されている。全体主義の歴史が証明しているように、このようなコミュニケーションはいずれ挫折する。愛についても同様のことが言える。愛が相手を所有することを指すなら、たとえばダロウェイ夫人は作中では誰も愛していない。夫のリチャードであれ、元恋人のピーター・ウォルシュであれ、思春期に同性愛的関係にあったサリーであれ、ダロウェイ夫人にとって彼らは所有不可能であり、共通の理想や理念をもつことなど望むべくもない存在である。彼らへの愛は必然的に彼女に孤独を強いる。だが、このように挫折の文字が刻まれたコミュニケーションこそが他者の神秘を生かし、絶望を希望に転化しうるものであるとしたら、どうだろうか。
コミュニケーションが挫折したときにこそ「私」とは異なる「あなた」の存在が確かな手応えをもって感じられる。「シスターフッド」における連帯とは、男女だけでなく女性同士においても生じる構造的な対立や暴力の可能性のなかで、挫折し連帯に失敗した瞬間に生じる「私」が「あなた」にとって暴力になるという暴力的な自己認識によって「あなた」の存在を確かな手応えとして感じ、多様な価値観を垣間みて自分自身を更新することで生じるものなのではないだろうか。個々人の価値観の差を捉えた『ダロウェイ夫人』に連帯が描かれているとすれば、それはこのようなかたちの連帯である。この連帯がひらける可能性はコミュニケーションが挫折した瞬間に自分自身を更新しうるか否かにかかっている。高島がいう「他ならぬあなた」とは「私」を更新する可能性を秘めた「あなた」、自分とは意見を異にし共通の信念も理想も持ちえない、しかし共に生きることはできるような「あなた」であるべきなのだ。「シスターフッド」というものが僕自身が真に関心を持つことができる概念であり、政治的戦略に勝利を収める可能性を持ったものであるとすれば、「私」にとって他者であるような「あなた」を「シスター」として包括するときにこそである。以上を踏まえ、「他者との関係において痛みを恐れるな」というメッセージを提示した上で、僕は他ならぬあなたに対して蜂起せよと呼びかけたい。
最小の暴力1——ジャック・デリダ「暴力と形而上学」について
『評伝レヴィナス』(サルモン・マルカ 斎藤慶典・渡名喜庸哲・小手川正二郎訳)によると、後にソ連へ吸収されることになるリトアニアに生まれた哲学者エマニエル・レヴィナスは、ロシア革命による政治的動乱を機に一九三〇年にフランスに帰化する。その際、フランス国籍取得の条件として兵役を課され、実際に第二次世界大戦においてロシア語の通訳者として軍務につくことになる。一九四〇年六月五日、ドイツ軍との戦闘に敗北したレヴィナスの所属する連隊は捕虜となり、ドイツ国内へ移送される。ユダヤ人でもあったレヴィナスはガス室が間近に迫るのを覚悟したが、フランス軍の兵士として登録されていたためジュネーヴ条約によってかろうじてホロコーストを逃れる。しかしこの後ナチス・ドイツが降伏する一九四五年までレヴィナスは捕虜生活を強いられることになる。
この体験を経た後、戦後になって発表した著書のなかで彼は次のように書いている。「存在の積極性そのもののうちに何かしら根本的な禍悪があるのではないだろうか。存在を前にしての不安——存在の醸す恐怖〔おぞましさ〕——は、死を前にしての不安と同じく根源的なのではないだろうか」(西谷修訳『実存から実存者へ』)。妻や息子こそ難を逃れたものの親族みなが死に絶えてしまったという途方もない現実を前にした哲学者の呻きが、このパッセージからは痛ましく聞こえてくる。なぜ自分ではなくあの人が死んだのか、なぜ自分が生き残ったのか。レヴィナスはそう自らに問いかけて苦しんだだろう。その問いは「自分はなぜ存在するのか」「なぜ生まれてきたのか」という答えようもない形に姿を変えてこの温和な哲学者を襲ったはずだ。そこにはホロコーストから生き残ってしまったレヴィナスのペシミズムがある。レヴィナスの著作はこのペシミズムとの戦いと克服の痕跡であり、レヴィナスを読むとは「存在の積極性そのもの」、つまり生まれてきたことそのものに付随する「根本的な禍悪」を直視し、その不安に呻ぎながら、それでも己れの存在を肯定するための倫理を求めることである。その倫理の構築の第一歩として、レヴィナスはペシミズに促されながらもそこから半身を捻るようにして次のように書く。
気だるさのなかに、実存者が拒絶のためらいによってみずからの実存をつかみとる運動、したがってそこで実存との特殊な関係——関係としての誕生——が表明されることになる運動を弁別するとしても、この関係を判断とみなしてはならない。気だるさは、存在することの禍悪に対する判断として、つまり情緒的な陰影や気だるさいう「内容」に色づけされた判断として立ち現れるのではない。いっさいの判断以前にありとあらゆるものに倦み果てること、それは王位を捨てるようにして実存することの拒絶を遂行する。気だるさはこの拒絶によってしか存在しない。いわば気だるさとは、経験の次元で視覚だけが光の把握であり、聴覚だけが音の覚知であるのと同じように、実存することの拒絶という現象が遂行される固有の様式なのである。(四六頁)
哲学者であったレヴィナスにとって、戦後の火急の課題はナチズムに加担した自身の師、ハイデガーの思想を乗り越え、さらに伝統的西洋哲学を超えてあたらしい哲学を構築することにあった。たとえ「私たちの考察が、その発端において少なからず——存在論の概念や人間が存在ととり結ぶ関係の概念に関して——マルチン・ハイデガーの哲学に触発されたものだという」事実は否定し切れないにしても、「ハイデガー哲学の風土と訣別するという深い欲求に促されると同時に、しかしながらまた、この風土からハイデガー以前ともいうべき哲学の方には抜け出ることはできまいという確信」が必要だったのである(前同 二六頁)。この確信に導かれてレヴィナスは実存という概念に「気だるさ」をぶつけ、「実存することの拒絶」という事態を通して実存を考察する。気だるさを別の箇所で「疲れるとは、存在するのに疲れることだ」と言い直したレヴィナスは(六六頁)、気だるさ=疲れによって実存者が実存することに遅延することがあると考える。実存することに遅れた実存者は幽体離脱した魂のようになって自分の背中を追いかける。この「みずからの実存をつかみとる運動」によって一人の人間のなかに「実存すること」(背中)と実存者(魂)の関係を見出すことができる。人間とはそれ自身で一個の関係なのである。それは自己のなかにすでに他者が存在していることを意味し、他者との関係が人間の実存にとって根源的なものであることを証明する。
これを一般化したレヴィナスは「人びとはただたんに他者の前で一個人なのではなく、何ものかをめぐって他者たちとともに個々人なのである。隣人とは共犯者なのだ」と書きつけるのだが、この箇所を掴まえて熊野純彦は次のように書いている。
倫理とは、レヴィナスのみるところ、世界の外部から到来する他者との関係そのものなのだ。——他者を私が構成するのではない。逆である。到来する他者、私の世界の外部から到来する他者のみが、私の単独性を指定し、私を「この」私として、唯一の私として構成する。そうであるならば、そのような他者との関係にあってだけ、つまり<倫理>的な関係においてのみ、私は<私>でありうる、と考えることが可能であることになる。(『レヴィナス入門』)
私とはそれ自体で一個の関係であるが、そのモデルは「世界の外部から到来する他者」である。つまり外部に存在する他者との関係から学ぶことを通して「実存すること」(背中)と実存者(魂)の関係を把握し、自己という一個の関係性を構築するのである。このプロセスなしに自己は成立しない。自己を成立させるような他者との関係は人間の実存にとって根源的なものであり、他者なしには人が実存者として成立することはないのである。よって他者への暴力とは生起してはならないような悪行となり、レヴィナスの哲学においてそれは固く禁じられる。実存者である私にとって他者とは絶対的な存在であり、人に倫理を要求して暴力など生じえないようにするのが他者なのである。
一見、見事な考察だ。ところがこの暴力と他者との関係性に対して疑問を呈した哲学者がいた。ジャック・デリダである。
「暴力と形而上学」(川久保輝興訳 『エクリチュールと差異』収録)において正しくもデリダはレヴィナスの意図をギリシャ由来の西洋哲学という伝統的概念性の破壊だと汲み取るのだが、そうであるならば、レヴィナスは「伝統的概念性を破壊するためにその伝統的概念性のなかに腰をすえる必然性」に陥ってしまっており、「終極的にこの必然性を必須のもの」としてしまっている(二一五頁)。つまり、西洋哲学の破壊を企図したはずのレヴィナスが西洋哲学の言語を使って自身の哲学を運用してしまっており、結局は西洋哲学の強化に与する結果になっていることを批判しているのである。一例を挙げれば、レヴィナスは『全体性と無限』の副題として「外在性に関する試論」という言葉を使っているが、ここで使われている「外在性」とは「光照らされた空間の一元性に根拠を求め、そこから根源的他者性を中性化するものであった」とデリダを論じる(二一五頁)。伝統的「外在性」の概念は空間の比喩を前提にしたものであり、この概念と空間は切っても切り離せないものなのであるが、空間とはつねに「絶対的他者性」(人に倫理を要求して暴力など生じえないような他者)を否定する自同者の場であった。そのためレヴィナスは伝統的概念による「外在性」を拒否し、真の外在性——人に倫理を要求して暴力など生じえないような「他者の外在性」——があることを証明しようとする。しかしそれが「真」であれなんであれ、外在性という言葉をどう操作しても空間と分離することは不可能であり、それは根源的他者性を中性化する光を発してレヴィナスに暗い影を投げかけるのである。別の言語体系を用意するのではなく「外在性」という言葉を使ってしまった時点で、ハイデガーが属し、ナチズムに加担した伝統的西洋哲学は破壊しえないというのがデリダの批判だった。
つづけてデリダは哲学の言語はつねに空間を必要とし、空間と不可分の関係にあると論じていく。さらにレヴィナスが「言語以前に思考はない」と断言していることを引き(二二一頁)、思考と空間ともまた不可分であることを証していく。レヴィナスは『全体性と無限』の中心に「素顔」という概念を措定しているが、「素顔」とは何よりもまず身体であり、身体とは言い換えれば空間的な外在性に他ならない。それはレヴィナスの求める「絶対的他者性」を否定するものなのである。しかもここで他者が「絶対的」と言うときレヴィナスが意味している内容には他者が無限であることが含まれているのだが、「素顔」が身体であるならそれはいずれ死すべきものであり、有限の存在である。レヴィナスは有限である「素顔」を持った「他者」を無限の存在として定義しようとするが、それは矛盾に満ちた試みと言わざるをえない。このようにそれが哲学の言語である限りどのような論を展開したとしても「素顔」を否定することになるのである。「素顔」を確立しようとするレヴィナスに残された道は何らかの論を立てることそのもの、哲学そのものの否定であるが、「言語以前に思考はない」以上、この道も自らの手で封じてしまっている。レヴィナスのいう「他者」は「他者」という語を使って論じてはならないものとなり、思考不可能な概念へと転落してしまうのである。人に倫理を要求するような他者の否定が暴力であるとするならば、哲学的論は暴力であるが、レヴィナスが試みているように「素顔」を持った「絶対的他者」を確立することで暴力を止めようとする営みもまた哲学である。そのため「論と暴力の切り離しは、つねに到達できない地平としてある」(二二五頁)。
デリダのここまでの省察が正しいとするなら、どのような事態が生じるのか。人間(哲学者)が口を開き論が開始された時点で暴力もまた開始されるが、「他者」を論じ切ることでしか暴力の消滅もない。そして人間の言葉が暴力の開始であるなら、人間が黙りつづけることで暴力は回避されるが、人間が言葉を使う生き物であり、無限に黙りつづけることができない以上、いつかは暴力を開始せざるをえないのである。よって言語は自らによって開始した暴力に対して戦いを挑み、正当性(暴力の消滅)にむかって戦うほかない。それは「暴力に対抗する暴力である」(二二五頁)。よって言語に付随した空間の光が暴力の境位なら、「最悪の暴力、論に先行し論を抑圧する無言と夜の暴力をさけるために、ある別の光をもってこの光と戦わねばならない」のである(二二六頁)。だからこそレヴィナスに彼が批判したヘーゲルやハイデガーとの近似を見たデリダは、自分のこの読解がレヴィナスにとって暴力になることを自覚した上でなお「暴力と形而上学」を著した。デリダはこの小論を通してレヴィナスの死角を突き、ユダヤ人である哲学者に己れの似姿としてナチスに加担したハイデガーを突きつけたのである。デリダのこの身振りは、それ自体がレヴィナスに対する暴力である。そのことをデリダは自覚していた。デリダ自身ユダヤ系の家系に生まれており、同胞である哲学者に対して自分の仕事が少なからぬ衝撃を与えることは予期していたはずである。その上で彼は暴力を振るった。沈黙することではなく対話することを選び、レヴィナスの脛を蹴り上げたのである。それはレヴィナスに対して暴力となる自己を受け入れたことで初めて可能になる歴史のなかに現前した国家的暴力への対抗手段であり、その実践だった。
逆説的にいえば、暴力は言葉の可能性以前には存在していなかったものなのだ。哲学者(人間)は、自分がつねに光のなかにひきずりこまれており、論を否認する以外、つまり最悪の暴力を振う危険を冒す以外にそこから逃れ出ることは不可能であると知りつつも、光との戦いのなかで語り、記述しなければならないのである。(川久保輝興訳 『エクリチュールと差異』)
デリダはレヴィナスに対して、自分の仕事が「最悪の暴力」に堕す可能性におののきながらも、最小の暴力を振るい、暴力である自己を認識することをもってして「光との戦い」を実践し、「哲学者(人間)」として生まれようとしたのではないだろうか。レヴィナスとデリダの関係を取りあげる際に後者から前者への影響が云々されるのは常套句となっているが、両者の関係は実際には一方通行の単純なものではなく、レヴィナスを精読し批判することを介してデリダは彼の思想である脱構築を築いたのだと思われる。「暴力と形而上学」はデリダによる脱構築の最初の実践だったのではないだろうか。また、ここでデリダがレヴィナスに対して行った批評を「暴力である自己に暴力を振るう」というふうにまとめるならば、この考えは後の著書である『アーカイブの病』(一三一頁)などでくり返されており、デリダ思想の核を成すものであることがうかがえる。
人は言葉なしには他者とかかわることができない。その人に何かをやってほしいと伝えるのにもやってほしくないと願うのにも言葉が必要となる。言葉は他者とかかわる際に必須のツールなのである。しかし実態を持たない言葉は自分では見ることができないものでもあり、自分自身の言語体系が不可視のために、しばしば相手に自分では思ってもみなかったような受け取られ方をすることがある。本来の意図と相手の受け取った内容のズレを修正するためには対話するしかないのだが、対話に使われる言葉もまた不可視である。その場で使った言葉を相手にどう受け取られたかこちらは予測することができない。私にとっての私の言葉は他者にとって翻訳不可能であり、他者が受け取った私の言葉と私にとっての私の言葉の間には必然的にズレが生じるのだ。哲学に限らないが、これは著者と読者とのあいだに生じる関係にも該当する。レヴィナスを読んだデリダは前述の批判によってユダヤ人である年長の哲学者に暴力を振るった。しかしこの暴力はハイデガーが所属しホロコーストへと連続することになった西洋哲学を残り超えるというレヴィナスの企図を励ますためのものであり、その目的を達するためにはレヴィナスのやり方に不備があることを指摘したものだった。それは善意の指摘であり、応援の批判である。レヴィナスの企図そのものを破壊してしまうかもしれない可能性におののきながら決行されたからこそデリダの言葉はレヴィナスに届き、晩年の主著『存在の彼方へ』に結実した。この著作についてここでは立ち入らないが、その代わり以上を踏まえてデリダの言葉を二〇二〇年八月三日に周庭氏が逮捕されたという一報につなげて考えることにする。
香港政府が中国からの圧力を受けて成立させた香港国家安全維持法に違反したという理由で周庭氏を逮捕したが、「民主の女神」などと呼ばれ香港の民主化運動に携わってきた日本語に堪能な女性を黙らせたかったという政府の意図は誰の目にも明らかだった。このような香港政府の弾圧に対して民主化運動に携わる彼らが講じうる対策はデモのみだが、デモと暴動は紙一重であり、非暴力を主張した声は気を抜くといつ暴力と化すかわからない。しかし声をあげることすらやめてしまったとき、民主主義という光は永遠に失われてしまうのである。暴動という「最悪の暴力」に通じうる可能性におののき、だからこそ注意深くなりながら、必死で声をあげて光を守ろうとすること、デリダの「記述しなければならない」という命令にはこのような過酷さがある。香港ではこの命令に忠実であった人たちが今、弾圧されている。この暴力に対抗できるのは国際問題という「最悪の暴力」に通じうる可能性におののきながら、論、つまり言葉という最小の暴力に訴えて香港政府とその裏にいる中国に対して抗議することなのだが、日本政府は二〇二〇年八月現在沈黙を守っている。そのため日本にはデリダのいう「哲学者(人間)」がまだいないのである。